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名古屋高等裁判所 昭和29年(ツ)11号 判決 1955年4月18日

上告人 控訴人・被告 福徳鉱業株式会社

代表取締役 大藪寅市

訴訟代理人 青木米吉

被上告人 被控訴人・原告 後藤初美 外一二名

訴訟代理人 浅井享

主文

原判決を破毀する。

本件を岐阜地方裁判所え差戻す。

理由

本件上告理由の第一点は

原審は本件仮処分が違法であると判示する理由として本件仮処分は既に存在する第一次の仮処分命令を廃止変更し又は其の執行を除去することを直接の目的として為されたものでかかる仮処分の申請は違法であり従つて仮令裁判所が誤つてこれを許容してもその仮処分命令並にその執行はそれ自体違法である何んとなれば仮処分債務者の救済方法は訴訟法に異議事情変更による取消申立或は特別事情に基く取消申立等多々規定しあるに拘らずなお且債務者において実体法上の訴を提起しそれに基く仮処分命令を申請し以て前の仮処分命令に基く執行を除去することを許容するならば当事者双方は互に本案の訴と仮処分命令を利用して交々他の仮処分命令を実効なからしめその窮まるところなきに至らしめる虞がありかかる事態は到底法の許容するところではないからであると然るに上告人は原審の示す様な第一次の仮処分命令を廃止変更又はその執行を除去することを直接の目的として本件仮処分を申請したものではない上告人は原審が教える通り第一次仮処分を廃棄する為めには本件仮処分申請を為すと同時に別に仮処分異議の申立を為し同事件はこれが本訴たる占有妨害排除事件と並行して訴訟進行し其の後二年近くに亘り係属したがもはや訴訟進行の利益を失い休止満了として終了したもので本件仮処分を以て第一次仮処分の失効を目的として為されたものでないことは明かな事実であるしかのみならず上告人は本鉱区の所有者であり且占有者であるので占有回収の本訴の保全処分として本件仮処分を申請したものでそれもその申請の趣旨は被申請人又は其の代理人使用人は本件鉱区内に立入り採炭を為し搬出をしてはならないことでありその仮処分の趣旨は第一次仮処分と表裏するものであるがお互にその効力に消長なく即ち第一の仮処分は上告人等の採炭人立入りを禁ずるところであり第二次の本件仮処分は上田晋の立入採炭を禁じたものであつて本件仮処分によつて第一次の仮処分が失効する筈はなく換言すれば本件仮処分により上告人等が本鉱区によつて採炭し或は立入りが出来る様になる筈もなければ唯上田晋等をして採炭搬出等を為すことを禁ずるの結果を生ずるに過ぎない従つて上告人は独自の占有権乃至所有権に基き本件仮処分を為し次で本案に基く訴を提起したのであつて此の場合は双方の仮処分は並行して効力を生じ本鉱区に対しては双方が互に使用採炭が禁ぜられる結果を生ずるに過ぎない原審は第一次の仮処分を本件第二次の仮処分によつて失効或は変更せしむる目的の許になされたものであり而も第一次の仮処分が失効或は変更するものであるとの前提に立つて本件仮処分が違法であると謂うにあるが失効或は変更を生ずる理由を知らない尤も本件仮処分によつて上田の採炭搬出を禁ずるものであるが(それは第一次仮処分の結果とは関係ない事項である)それは原審の云う様に仮処分の異議或は取消の方法によりて第一次の仮処分が取消されることがあつても上田の本鉱区に対して現に為して居る採炭及搬出を禁ずることは出来ないので仮処分異議申立により上告人に対する仮処分を取消し併せて上田が現に採炭搬出を禁ずる必要がありて為したる本件仮処分は本鉱区の占有を奪取せられた上告人として占有回収の為めには不可欠の事柄であつて此の仮処分が違法であるとの理由はない要之原審は何等証拠に拠るところなく本件仮処分が第一次の仮処分の命令を廃止変更し又はその執行を除去することを直接の目的として為されたものであると盲断し及び本件仮処分に依りて第一次の仮処分の効力を抹殺或は変更するものなりとの誤つた見解の下に本件仮処分が違法であると裁判せるものであつて法律の解釈を誤り且つ其理由不備の判決である事を免れないと確信すると云い。

第二点は本件仮処分申請並に其の仮処分命令に基く執行につき上告人の故意過失を認定するに付き原審は法律の規定を知らず若しくはこれを誤解して為したる本件仮処分申請は仮令裁判所が之を看過して申請通りの決定を為したとしても其の決定の執行の結果他人に損害を与えたる本件においては一応は上告人に過失あると見るのが衡平上相当であると判示せられた上告人は前示第一点において主張する様に本件仮処分の申請が決して第一次仮処分の廃止変更若しくはその執行の除去を直接の目的として為したるものでなく第一次の仮処分の取消の為めには別に異議の申立を為したる事仮処分は上田晋の本鉱区による現在の採炭搬出を禁じ占有回収の目的を保全するに必要不可欠であるので(何となれば上田晋は上告人の占有を侵し盛に採炭搬出するので之を禁止するの要切なるものがある)占有者として法律上の保全処分を裁判所に要求する事は当然である事本件仮処分の申請が違法でなければもはや過失云々の問題も自ら解消するものと信ずるも仮に本件仮処分が原審認定の如き違法があるとしても尚上告人に此の点につき過失なきものであることを固く信ずるものである。何となれば本件仮処分申請を為した数日前に第一次仮処分が同一多治見支部において同一中村判事に於て為されて第一次仮処分の内容其の他総ての経緯を知悉せられて本件仮処分申請を受理の上仮処分命令が発せられたもので其の間上告人乃至仮処分申請代理人において第一次仮処分のあつた事を秘して裁判所を欺き以て本件仮処分命令を受けたものでもない苟くも裁判所が詳しく御調査の上で為された仮処分決定で事実の真相を看過して漫然為されたものでもない本件仮処分である以上裁判所が過失により為されたものでない事は勿論であるが法律の解釈等に誤りがあつたとしても裁判所自身誤られる様な法律解釈を上告代理人に誤りがあつても寧ろそれは過失による誤りと云う事実は出来ないと信ずる之をもし上告人に過失と認定せられても而もかかる仮処分を発した裁判所の責任は上告人の納得出来ないところである原判決は此の点に付き理由齟齬の違法があると信ずると云うのである。

以上論点の対象となつた原判決の判断は次の通りである即ち、訴外上田晋は本件亜炭鉱区に対し採掘権登録番号を有していた処上告人等は上田の採掘作業を妨害するので同人は其の妨害排除の為め訴を提起する前提として上告人及び安藤九十を債務者として岐阜地方裁判所多治見支部に仮処分命令の申請を為し該裁判所は「債務者両名又はその代理人使用人雇人等は本件鉱区の坑道内から債務者安蔵九十所有のレールを取外し坑外に搬出する目的以外には右坑道に立入つたり又は上田の亜炭採掘作業並に搬出を妨害してはならない」旨の申請通りの仮処分命令(第一次仮処分と称する)を発し次いで上告人において本件鉱区の占有を右上田晋を債務者とし同じ裁判所に仮処分の申請を為した処同裁判所は「債務者又はその代理人使用人雇人等は本件鉱区から亜炭の採掘搬出作業は勿論同鉱区内に立入つてはならない」旨の仮処分決定(本件仮処分と呼ぶ)を為し右二つの仮処分命令はいずれも執行されたが本件仮処分の内容は第一次仮処分のそれと全く抵触しこのよのな仮処分命令の申請は第一次仮処分の廃止変更又は執行除却を目的としたものと認めるのを相当とするが故に本件仮処分は第一次仮処分自体の効力排除を目的とし該命令並にその執行共にそれ自体違法のものたるを免れないしかもこのような仮処分の違法性は本案権利の有無によつて左右されるものではない而してこのように法律上許容されない保全処分を債権者において法律の規定を知らず又はこれを誤解して保全処分を申請し其の結果債務者又は第三者に損害を生じさせたときは一応債権者に過失有りと認むるのが衡平上相当であり従つて本件の場合に於ても裁判所が違法な申請を看過したとしても仮処分申請者たる上告人に過失の責を負わしめなければならないというのである。

よつて先づ当裁判所は前後二つの仮処分命令が内容抵触した場合に後の仮処分申請が直ちに違法性を帯有するものであるかどうかの法律上の見解は別論として本件仮処分の内容と第一次仮処分のそれとが果して抵触しているかどうかの点について考える。本件二つの仮処分命令の立入禁止の点だけを取上げてみれば両者の間に何等抵触は無い何んとなれば裁判所は対決せんとする係争当事者の双方に係争地区に立入ることを禁止しいわゆる真空状態を携えて一切を本案解決に待たしめんとするに過ぎないからである従て問題はただ第一次仮処分決定において上告人外一名等が上田晋の亜炭採掘作業並に搬出作業を妨害してはならないと命令されているに拘らず上告人は上田晋に対し逆に仮処分を申請し債務者等は本件鉱区から亜炭の採掘搬出作業をしてはならない旨の仮処分を受けたという点である此点に関すると右二つの仮処分は一見内容矛盾し相反撥するが如くである然し乍ら右第一次仮処分の問題の点は上告人等に対し上田晋の採掘搬出の妨害となるべき事実上の行為を為してはならないということを命じただけのものであつてそれ以上のものではない即ち裁判所はこれによつて上告人等に訴訟法上当然に有する異議申立権の主張を禁止したものでないことは勿論上田晋に対し採炭搬出の権利あることを暫時的にしろ認めたものでないことは無論であると同時に他方上告人等に対し上告人等が本件鉱区に対し主張するであるところの実体上の権利(上告人は占有権を主張した)擁護の為めの保全手続の申立を避止せしめんとしたものでもないのである畢竟裁判所は上告人等にかくの如き行為こそ為すべきでないと諭して立入禁止の一状態を訓えた趣旨に過ぎないものと認めるを相当とする左すれば第一次仮処分命令問題の点は本件仮処分前段の部分と両立し得るものであつていささかも抵触する内容のものでなく畢竟本件二つの仮処分命令の全趣旨は上告人等及上田晋の係争両当事者に対し同じ鉱区に対しかくかくの事実上の行為を為すべからずとして相反撥しない消極的行為を命じただけのものであり実質的に立入禁止以上のものではなくこれを以て裁判所が違法の命令を発したものとは到底理解し能わざる所のものである然らば原審がたやすく本件仮処分命令が第二次仮処分命令の内容と抵触するが故にそれ自体違法のものと做し延いてかかる仮処分の申請は第一次仮処分自体の効力を抹殺する為めに為されたものと認むるを相当とするが故に上告人の仮処分申請は本案権利の有無に拘らず違法性を帯有するものと断じたる上更に進んで上告人が違法仮処分の申請をした以上は裁判所がこれを看過して申請通りの決定を為したりとするも衡平上上告人に不法行為の過失の責あるものと断じ去りたるは到底首肯し得ざる所のものであり原判決は結局叙上の点において理由不備の瑕瑾ありというを憚らない原裁判所としてはすべからく当事者の事実上の主張に即し上告人に本件仮処分を申請するについての実体の権利があつたか否かその権利があつたとしてもこれが保全手続を求むるだけの必要があつたかどうかその必要の限度を超えて申請をしなかつたかどうかまた上告人の本案の権利が無かつたにしてもこれありと信ずるについて過失があつたか否か又更に本件仮処分申請が裁判所によつて許容せらるるに到つた前後の事情等を具さに審理の上判断すべかりしものと考える。

仍て当裁判所は前示上告理由は結局理由あるものと認め爾余の上告理由に対する判断を省略し民事訴訟法第四百七条第一項に則り主文の通り判決をする。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 山口正章 裁判官 渡辺門偉男)

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